CNTヤモリテープで、宇宙帰還物質の高精度解析に貢献

CNTヤモリテープ

高配向CNT

自然に生息するヤモリの足裏には、微細な繊維が高密に生え揃っています。個々の繊維の先端が壁や天井などの表面の凹凸に柔軟に追従しながら、自重を支えられるほどの接着力を得ています。この機構を模 した人工粘着テープを、ヤモリテープと呼びます。ヤモリテープの接着力はファンデルワールス力という物質間の相互作用力に由来しており、一般的な粘着テープが高分子粘着材を使用しているのに対して、接着界面を全く汚染させないクリーンな接着が実現できることが最大の特長です。特に、直径1 〜数nm柔軟性に富む繊維状物質であるカーボンナノチューブ (CNT)を配向成長させて作製したヤモリテープは、実際のヤモリに匹敵するせん断接着力を有することが分かっています。CNTヤモリテープは、被着物を汚染させず、真空中でも安定なことに加え、炭素由来の帯電防止性、排熱性など魅力的な機能も有し、従来の粘着テープ基材が適用できなかった環境・用途での活躍が期待できます。

試料支持体としてのCNTヤモリテープ

2020年3月、高輝度光科学研究センター(JASRI)の上椙さんらにより、CNTヤモリテープの応用用途として、固体物質構造解析における試料支持体としての有用性に関する論文が発表されました。

Development of a sample holder for synchrotron radiation-based computed tomography and diffraction for analysis of extraterrestrial materials
M. Uesugi, K. Hirahara, K. Uesugi, A. Takeuchi, Y. Karouji, N. Shirai, M. Ito, N. Tomioka, T. Ohigashi, A. Yamaguchi, N. Imae, T. Yada, M. Abe, 
Review of Scientific Instruments, 91, 035107 (2020).
doi: 10.1063/1.5122672

上椙さんの専門は地球外物質の構造解析です。宇宙から持ち帰った物質(帰還試料)を正しく解析するためには、地球上の物質に汚染させない、(できるだけ)触れさせない、混ぜないことが求められ、何に載せるか?どこにどうやって固定するか?は最重要課題のひとつです。さらに、近年、科学技術の進展によって様々な分析装置の精度が向上していますが、それに伴って試料の支持体に対する低ノイズ・低汚染度の要求も厳しくなっています。そのような背景を踏まえれば、CNTヤモリテープは、特に不定形固体試料に対して、現存する物質中で最も理想的な支持体になり得る素材といえます。
CNTヤモリテープを使えば、多彩な形態を有する幅広いサイズの固体試料を、加工することなく、任意の向きで、かつ汚染させることなく固定できます。CNTは軽元素である炭素単体であることも、元素分析手法の種類によってはほぼ”透明”と見なせることから利点となります。論文にはCNTホルダに固定した固体試料の解析例が実際に示されており、CNTのある部分はほぼなにも検出されていないことがわかります(図、論文より抜粋)。また、大気中・真空中だけでなく、様々な雰囲気下、幅広い温度域でも安定です。CNTヤモリテープを試料ホルダに使っての電子顕微鏡観察・計測中の試料ドリフト(見ているうちにずれていってしまう現象)もありません。さらに、複数分析装置間を輸送するコンテナとして使えば、同一試料上の狙った領域に対して複合的な分析・解析を行うことができます。このように、地球外物質分析のような、もっとも厳密な環境制御を要する系でも、CNTヤモリテープは試料支持体として通用することがこの論文では報告されています。

清浄度評価

さらに、東京都立大・白井先生らにより、はやぶさ2帰還試料解析に用いられる試料ホルダを構成する物質(CNT、ポリイミド)について中性子放射化分析が行われた論文が発表されました。

The effects of possible contamination by sample holders on samples to be returned by Hayabusa2
N. Shirai, Y. Karouji, K. Kumagai, M. Uesugi, K. Hirahara, M. Ito, N. Tomioka, K. Uesugi, A. Yamaguchi, N. Imae, T. Ohigashi, T. Yada, M. Abe, 
Meteoritics & Planetary Science 55, 1133–1152 (2020).
doi: 10.1111/maps.13480

本学及び共同研究を行っている日東電工にて合成されたCNTには、コンタミネーション(ごみ)として、合成工程からは予期できなかったものも含めて10種類の元素が微量に検出されることが分かりました。しかしながら、CNT自体がそもそも非常に軽量であることを考慮すると、これらのコンタミは隕石試料の解析には十分無視でき、はやぶさ2の持ち帰る試料の化学分析のための支持体として十分機能するレベルであることが実証されました。

これらの成果は、今年12月に帰還予定の「はやぶさ2」サンプルリターンミッションにおいて、Phase2高知チームでの試料解析工程の一部に展開される予定です。本研究室も、CNTホルダ開発でひきつづき貢献していきます。